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福岡高等裁判所 昭和29年(う)2398号 判決

控訴人 原審検察官 堀田貢

被告人 趙泰松

弁護人 牟田真 外一名

検察官 納富恒憲

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金参千円に処する。

右罰金を完納することができない場合は、金百五拾円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審において生じた訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている福岡高等検察庁検察官長富久提出の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人牟田真の答弁は記録に編綴の弁護人大曲実形提出の答弁書に記載のとおりであるから、いづれもこれを引用する。

同控訴趣意(法令適用の誤)について、

論旨は、本邦に在留する外国人が居住地を変更した場合にはすべて新居住地の市町村の長に対し、登録証明書の居住地の記載の書換を申請する義務があるのであつて、外国人登録法第八条第二項の居住地書換申請の期間について、「前項の届出をなしたとき」から起算する旨の規定は、同条第一項でその書換申請義務を確実に履行せしめるため、予め居住地変更届をなすべきことを定めたので、その変更届がなさるれば、その時に変更の意思が確定したものといえるので、居住地変更の意思が確定したときを起算日とする趣旨で、その典型的な場合として「該変更届をしたとき」としたものであり、居住地を変更しながら該変更届をしない場合には、届出以外の表示方法により生活の本拠を新居住地に移す意思が確定されたときを起算日とすることをも包含するのであるから、本件のごとく、変更届をなさずして、居住地を変更した場合にも、該変更の意思が確定した日から起算し、所定期間内に新居住地の市町村の長に対し、前記書換申請を為すべき義務があり、その期間を懈怠する以上同条第二項違反の罪責を免れないと主張するにある。ところで原判決においては、被告人が本邦に在留する外国人であつて、昭和二十八年十二月末日頃下関市竹崎町五丁目一五八番地から長崎県下県郡船越村大字鴨居瀬字幸崎にその居住地を変更しながら昭和二十九年三月一日迄、前居住地の下関市長に対し居住地変更届書を提出せず、新居住地の船越村長に対し居住地の記載の書換を申請しなかつた事実は認め得られるも、外国人登録法第八条第二項の書換申請は、同条第一項の変更届を条件とし且つこれを了したときから起算して十四日以内になすべきことが規定されているのであつて、前居住地の市町村の長に対し変更届を了らない以上、登録証明書の居住地の記載の書換は無期限に留保されるものと解すべきであるから、被告人のごとく、前示第一項の変更届を怠つているかぎり、事実上居住地を変更し、その変更した日から所定の期間内に第二項の書換申請をしなかつたとしても、同項違反の罪を構成しない旨判示していることは原判決自体により明らかである。

よつて按ずるに、外国人登録法は在留外国人の公正な管理に資する目的で、その居住関係及び身分関係を明確ならしめるべく本邦に在留する外国人の登録を実施するものであること従つて居住地を変更した場合は速かにすべて新居住地の市町村の長に対し登録証明書の居住地の記載の書換を申請すべき義務を課しているのであつて、このことは外国人登録令施行当時と異るところはない。ただ同法第八条においては、同令第七条といささか異り、居住地の変更に伴う居住地の記載の書換の手続について、一の市町村の区域内で居住地を変更した場合と、一の市町村から他の市町村へ居住地を変更した場合とに分けそれぞれ別の項に規定しておるのであるが、その別個に規定した所以のものは後者の場合には、その書換申請を受けた市町村においては、当該外国人の登録原票の備付がなく、前居住地の市町村よりこれが送付を受けねばならない関係からして、前者の場合のごとく、書換申請自体によつて申請事項を審査し、その真実であることを確認することは容易でなく、且つ登録原票及び登録証明書の記載の更正をすみやかになし難い事情にあるので、それ等の不都合を可及的に除去し、さらにより一層書換申請義務を確実に履行せしめ、二重登録乃至は登録と現実との不合致の存することのないようにとの特段の配慮から特に同条第一、第二項のごとき規定を設けたことが推測される。かかる見地から考察すると、同法第八条第二項が居住地の記載の書換申請は、同条第一項の居住地の変更届をしたときから起算し十四日以内に為すべきものとした律意は、該変更届がなされる場合については現実の変更に先立つその届出をしたときから、おそくとも現実に居住地を変更したとき直ちにする届出のときから起算して十四日以内に、新に居住しようとする市町村の長に対しこれを為すべきことを規定したと同時に、その変更届が履行されない場合については、その届出をなすべかりしときから起算して十四日以内にこれを為すべき趣旨、換言すれば、現実に居住地を変更したときから起算して所定期間内にこれを為すべき趣旨をも当然包含すると解するを相当とする。けだし同条第一項において、居住地を変更しようとする場合には、予め居住地変更届書を提出し、現居住地の市町村の長からその届出があつたことを証する文書の交付を受けしめることを定めたのは、同条第二項の書換申請に際し、新に居住しようとする市町村の長に対し、該申請書に登録証明書のほかに前示文書を添付させ、すみやかに居住地書換の申請を為さしめるとともに、該申請の真実を公文書により認証し、居住地の記載の更正を適正且つ迅速ならしめようとすることを目的とし、その先行手続として規定したものと見られるのであつて、第一項の変更届をしないこと自体に罰則の定めがないのも、結局新居住地における書換申請を怠つたことを処罰の対象とすることにより、所期の目的を達するに必要にして充分であるとした意図を看取するに難くない。従つて第八条第二項に「前項の届出をなしたとき」の文言を用いた所以は、第一項で居住地を変更しようとする場合には、現居住地の市町村の長に対し、その変更届書を提出すべきこととしたことから、これを受けて、前記の文言としたことにあるのであつて、変更届書の提出が「居住地を変更しようとするとき」すなわち、おそくとも「現実に変更したとき」までにこれを為すべきであり、従つて書換申請書を提出すべき期間の起算日としての「変更届をなしたとき」は、とりもなおさず「現実に居住地を変更したとき」であることに帰着し、ただ予め変更届があるものとして前示のごとき表現をなしたにとどまり、その変更届がなされない場合にはこれを為すべかりしとき、換言すれば、実際に居住地を変更したときを基準としようとしたことにあると見るのほかはないからである。叙上の見解は一の市町村の区域内で居住地を変更した場合の同条第六項及び居住地以外の記載事項に変更を生じた場合の同法第十条の規定がいづれもその変更を生じた日を起算点として申請期間を定めていることに徴しても、その正当なることを首肯しうるのであつて第八条第二項の書換申請についてのみ、申請期間の起算点を右各条と別異に規定したものと解すべき事由は見出し得ないのである。

かくて、同条第一項の届出をしない限り、第二項の書換申請義務は生じないものとする理論上並びに条文上の根拠は発見することができないので、居住地変更届をしない場合にも、現実に居住地の変更があり、該変更のときから起算して十四日以内に該書換申請をしないならば、同条第五項の規定に則り期間の延長が許可されない限り、同条第二項の義務に違反し、同法第十八条第一項第一号の罰則の適用を受けるものといわざるを得ないこと、検察官所論のとおりであり、弁護人の答弁書において主張する見解には左袒し難い。されば以上説示するところと異る見解に立ち被告人の本件所為が同法第八条第二項違反の罪を構成しないものとして、無罪の言渡をなした原判決は、前示法条の解釈適用を誤つたものと認めるのほかなく、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は刑事訴訟法第三百九十六条、第三百八十条に則り破棄を免れない。

そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠によつて直ちに判決をすることができると認められるので、同法第四百条但書に則り更に裁判をすることとする。

そこで当裁判所は左記の証拠により次の事実を認定する。

(事実)

被告人は本邦に在留する外国人で外国人登録証明書を受有する者であるが、下関市竹崎町五丁目一五八番地から昭和二十八年十二月末日頃長崎県下県郡船越村大字鴨居瀬字幸崎に居住地を変更したものであるから、法定期間内に同村村長に対し居住地書換の申請をなすべきにも拘らず、該期間を徒過し、昭和二十九年三月一日迄、居住地変更届書を提出せずして居住地の記載の書換の申請をしなかつたものである。

(証拠)

一、末永アイ及び末永一男の検察官に対する各供述調書の記載。

一、小島和若の検察官に対する供述調書の記載。

一、被告人が船越村長に提出したと認められる始末書の記載。

一、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の記載。

法律に照すに、被告人の判示所為は外国人登録法第八条第二項、第十八条第一項第一号に該当するので、その所定刑中罰金刑を選択し、所定金額範囲内で、被告人を主文の刑に処し、刑法第十八条に則りその罰金を完納することができないときは金百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審において生じた訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

検察官の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤りがあつてその誤りが判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち原判決は公訴事実を認容しながら「外国人登録法第八条第二項は同条第一項の届出を了した時から起算して十四日以内に新居住地の長に居住地の記載の書換を申請するのであるから同条第二項の書換の申請は同条第一項の居住地変更の届出を条件としてのみ可能である。従つて登録証明書の居住地の書換を求めないとするならば格別その書換を申請しようとする者は常に前居住地の市町村の長に対し居住地変更届出を済すことを要し、その届出を了らない以上登録証明書の居住地の書換は無期限に留保される、されば同条第二項の新に居住しようとする市町村の長は前居住地の長に対する居住地変更届出を証する文書と共にでなければ居住地書換申請は受理すべきでないと解せられ、同項違反の罪は同法第一項の届出を済し乍ら而も十四日以内に書換を申請しなかつた場合にのみ成立するのであるから本件の如く同条第一項の届出義務を怠つている被告は事実上居住地を変更し、その変更した日時から起算して十四日以内に同条第二項の届出をしなかつたとしても、同法第十八条第一項第一号に該当する罪責を負うべきでない、よつて本件は刑事訴訟法第三百三十六条に所謂被告事件が罪とならない時に当るから」として無罪を言渡した。

案ずるに外国人登録法第八条第一項は「外国人は居住地を変更しようとする場合には現居住地の市町村の長に対し居住地変更届書を提出しその届出があつたことを証する文書を請求しなければならない」と規定し第二項は「外国人は前項の届出をしたときから十四日以内に新に居住しようとする市町村の長に対し居住地書換申請書に登録証明書及び前項の文書を添えて提出し登録証明書の居住地の記載の書換を申請しなければならない」と規定されており右の条文のみを見れば第一項の届出を為さなければ第二項の義務は生じないかの如き解釈もなし得るものと思われるが本法第一条に「この法律は本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめもつて在留外国人の公正な処理に資することを目的とする」と明示してあり本法の目的とするところは外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめるにあるところ原判決の如く第一項の届出を為した者のみが第二項の申請義務を負うものとすれば第一項の届出を為さない者は仮令転々として居住地を変更したとしてもこれを放任されたものとして不問に付せざるを得ない事態となつて登録実施は確保するに由なく本法制定の意義は全く喪失される結果となる法八条の趣旨は第一項の居住地変更届出義務違反に罰則の定めがないところからみても第二項の登録証明書の居住地の記載の書換申請義務を確実に履行せしめることにより異動の実態を明確にせんとしたものと謂うべく外国人は居住地を変更した場合は総て新居住地の市町村の長に対し登録証明書の居住地の記載の書換を申請すべき義務があるものと解すべきである。而して第二項の意味は書換申請の猶予期間を居住地変更の意思が確定した日から起算すべきことを規定したものであり第一項の居住地変更届出をしたものはその時に居住地変更の意思が確定したものとみられるので典型的な場合として規定されたものと謂うべく右届出をなさないで居住地を変更した場合は届出以外の表示方法により生活の本拠を新居住地に移す意思が確定された日より十四日以内に新居住地の市町村の長に対し登録証明書の居住地の記載の書換を申請しなければならない義務があると解すべきである。又実務上も法八条一項の届出をしないで新居住地の市町村の長に居住地の記載の書換を申請した場合に於ても受理されているところである〔小島初美の検察官に対する供述調書(記録三三丁)参照〕。

本件についてみれば被告人の司法警察職員並に検察官に対する供述調書(記録五一丁裏並に四三丁裏)及末永一男並に末永アイの検察官に対する供述調書(記録二七丁裏並三二丁裏)を綜合すれば被告人が前居住地の下関市より長崎県下県郡船越村に生活の本拠を移転したのは昭和二十八年十二月末日と認められその日に居住地変更の意思が外部的にも明確になつたものとみられるので同日より十四日以内に船越村長に対し居住地の記載の書換を申請しないで右猶予期間をこえて在留すれば違反の責任を免れないと思料する。

原判決がこれ等の点を顧慮することなく法第八条第二項の書換の申請は第一項の届出を前提条件としてのみ可能であり本件の如く第一項の届出義務を怠つておる者は居住地変更後第二項の届出をしなかつたとしても法第十八条第一項第一号に該当する罪責を負うべきでないと断定したのは明らかに法令の適用解釈に誤りがあり而もその誤りが判決に影響を及ぼすことが明かであるので原判決は破棄を免れないものと思料する。

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